山田風太郎・生誕の地・兵庫県養父市関宮(旧養父郡関宮町)

 

〒667-1105 兵庫県養父市関宮605-1
TEL・FAX.079-663-5522
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山田風太郎氏

当記念館は、作家・山田風太郎の人と作品を顕彰するため、2000年(平成12年)郷里で結成された「山田風太郎の会」による運動の結果、2003年(平成15年)、当時の関宮町によって建設され、同年4月に開館しました。
当館の収蔵・展示品は、生前の風太郎氏から寄贈を受けた約1,500点に上る資料を中心に、その後山田夫人、親戚、友人などから提供された多数の資料からなっています。
その主なものとしては、初版本、直筆原稿、創作ノート、書簡、スクラップブック、写真、衣類、愛用品等々のほか、東京・多摩市の自宅から、執筆に使われた机・椅子・書棚をそのまま運び、書斎の一部を忠実に再現しています。いずれも当館でしか眼にすることの出来ない貴重な品々で、風太郎ワールドの原点に触れることができる展示となっています。なお当館は、風太郎少年も通った旧関宮小学校の跡地に建っており、周辺は風太郎の生家、地酒の蔵元、古い神社、山陰街道の町並み、風太郎の言葉を刻んだ石碑などを巡る散策コースとなっています。

◆【魔界転生】紹介ページはこちら
◆展示品と施設

中学校時代の仲間と
「受験旬報」の懸賞に
入選した小説「石の下」

ペンネームは、中学時代の仲間4人で何かを書くとき風太郎、雨太郎、想太郎、雷太郎と筆名を使っていた。

東京医科大学時代

父が医者で親類もほとんど医者の系統だった家業を継ぐべく東京医科大学へ入学した

東京医科大学時代の
ノート、卒業証書

昭和31年「宝石」の創刊号の懸賞小説の募集を見て、賞金で医学書を買おうと思い応募した。この頃には将来作家になろうとは全然考えていなかったが当選後、ぼつぼつ書いているうちに医者になるより楽だという気になり、作家になってしまった。(本人談)

中学校時代の
剣道具

小学校時代の
ランドセル

300冊の本を
生み出した愛用品

昼間はほとんど仕事をせず、夜この机に向った。

初版本の数々
お気に入りの安楽椅子や
灰皿など

「魔群の通過」の直筆原稿

普通は書き上げてから題名をつけた。
「探偵小説はそれで作品全体が表されるようなのがいいんだが」
執筆量月200枚(参考 最近の多い人で月800〜1000枚)

愛用の麻雀セットと
8ミリカメラ

麻雀は親友の高木彬光さんに教わった。
30年代忍者ブームで超多忙の中家族を8ミリでおさめた。

自画像

風太郎の生涯を紹介するビデオ上映コーナー・館内閲覧コーナーや作品本を無料で貸し出す「ふうたろうぶんこ」があります。

風よ伝えよ
幼き日の歌

母校(旧関宮小学校)の百周年記念に風太郎が碑文をよせた石碑


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